
Israel Ministry of Foreign Affairs
ラファエル

©Dita Amiel
中国の暗闇のなかで、まるで自分自身に聞かせるかのように、ラファエルは戦後のドイツで、彼を救ってくれた人たちのもとを去ったときのことを語った。出立前、「息子みたいに思って暮らしてきたが、自分の家族を探しに行きたいというお前の気持ちもわかる。ひとつだけ頼みがある。出発前に子をつくって、この地にはもう決して戻ってこないと約束してくれ」と、ハンスに懇願されたという。
そして、願いは聞き入れられた。ラファエルは最後の夜を夫婦のベッドでイルゼと過ごし、ハンスは森で過ごした。
「ぼくには女がいっぱいいたが、あれほどはげしい経験はしたことがない。イルゼは母であり、救出者であり、最初の女だった。最初で最後という思いのせいか、感覚が鋭敏になっていた」
ラファエルは語り終え、わたしたちはホテルに荷造りに戻った。
つぎの日の長いフライトの間、ラファエルはひとり息子を事故で亡くしたことを話した。息子が運転していたトラクターが泥土で滑って横転し、息子と外国からのボランティア2人が圧死した、と。
「あのショックからは二度と立ち直れない」と、ラファエルはいった。「ニラは最悪の精神状態で、夫婦関係も悪くなったし、ぼくはまた、あの頃みたいに孤独で余計者の気分なんだ」
ラファエルの話を聞いてずいぶん考えた。ショア(ホロコースト)に関わりながら生への宣告を受けた者たちの運命やその後は、あらゆるものに優先して、わたしを惹きつけてやまない。
神々はきっと、ラファエルが救出されたことを、あたたかな国を、素敵な家族を、成功を、羨んだのかもしれない。誰にわかろうか。
ここ数年は、ラファエルとはあるかなきかの、それもわたしが主導権を握った格好で、話題に気をつかいながら何気ない調子で祭日近くに連絡をとるだけになっていた。最近、共通の友人から、ラファエルはハンスとイルゼを訪ねてドイツに行くつもりらしい、と知らされた。わたしは驚愕した。絶対に彼の地には戻らないと誓ったのではなかったか。
その後、彼が死んだという知らせがあり、ドイツから手紙が届いた。手紙にラファエルは書いていた。
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